札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)528号 判決 1968年5月29日
原告 藤森道雄
右訴訟代理人弁護士 村部芳太郎
亡和田登訴訟承継人
被告 北林タケ
右訴訟代理人弁護士 野切賢一
同 大島治一郎
右訴訟復代理人弁護士 丸山寿夫
同 牧雅俊
亡和田登訴訟承継人
被告 三上哲也
<ほか三名>
主文
被告北林タケは原告に対し金二五二万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年五月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
被告三上哲也、同三上亘、同三上岳也、同三上力也は原告に対し、それぞれ金六三万一、二五〇円およびこれに対する昭和四一年五月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は第一次請求として主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、第二次請求として、「被告らは別紙第一目録記載の建物につき訴外株式会社ホテルカルクに対し所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求めた。
被告北林タケ訴訟代理人および同三上哲也は、原告の各請求を棄却するとの判決を求めた。
第二原告の請求原因
原告訴訟代理人は請求の原因としてつぎのとおり述べた。
一、第一次請求について
(一) 訴外株式会社ホテルカルク(以下ホテルカルクという)代表取締役亡和田登は昭和四〇年一〇月頃訴外坪田康裕こと坪田健一に対し、別紙第一目録の建物(以下別館という)の新築工事を、請負代金八五〇万円、建物完成と同時に支払の約で請負わせた。右坪田は同年一二月末これを完成してホテルカルクに引渡した。
(二) 右請負契約当時ホテルカルクは他に不動産を所有しておらず、かつホテルカルクが使用していた前記亡和田登所有の旧館建物に対しては、既に債務者ホテルカルクの債務不履行を理由に訴外株式会社北洋相互銀行より不動産競売の申立がなされており、ホテルカルクの債務は合計約一億円にのぼっていたから、その代表取締役である亡和田登としては、さらに別館の新築工事をしても、その代金の支払ができるか否か極めて疑問であったにも拘らず、漫然と右請負契約を締結し、その代金支払のため別紙第二目録の約束手形七通金額合計二六五万円を坪田に対し振出し、その後ホテルカルクの唯一の不動産である別館につき、札幌法務局月寒出張所昭和四一年一月六日受付第二三〇号をもって亡和田登個人の所有名義に保存登記をし、ホテルカルクを無資産の状態に陥し入れ、前記請負代金および手形金の支払を全く不能とした。亡和田登の右行為は、商法第二六六条の三に規定する取締役が職務を行うにつき悪意または重大な過失があったものである。
(三) 原告は前記坪田に対し別館建築用材等を代金合計金五〇五万円で売渡し、その支払のため、前記七通の約束手形をその振出日の頃交付譲渡を受けたほか、昭和四一年一月三〇日右坪田から、同人のホテルカルクに対する前記請負代金の内金二四〇万円の譲渡を受けた。
(四) 亡和田登の前記行為の結果、原告は右約束手形金合計二六五万円相当の損害を受け、右坪田はその請負代金の内、少くとも原告が譲渡を受けた金二四〇万円相当の損害を受けたので、亡和田登は原告および坪田に対し右各損害を賠償すべき義務を負担した。そして右坪田の損害賠償債権は、前記のように原告において坪田から請負代金債権を譲受けたことに伴って原告に移転したから、結局亡和田登は原告に対し合計金五〇五万円の損害を賠償する義務があったものである。
(五) その後亡和田登は昭和四一年六月九日死亡し、被告北林タケ(相続分二分の一)およびその余の被告ら(相続分各八分の一宛)が亡和田登の権利義務を相続によって承継した。
(六) よって原告は被告北林タケに対しては前記損害賠償債権五〇五万円の二分の一である金二五二万五、〇〇〇円、その余の被告らに対しては各八分の一にあたる金六三万一、二五〇円宛ならびにそれぞれの金員に対する本件支払命令送達の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、第二次請求について
第一次請求が認められないときはつぎの請求をする。
(一) ホテルカルクの代表取締役であった亡和田登は、ホテルカルクが他に多額の債務を負担しているところから、その強制執行を免かれるため、真意でなく別館を亡和田登個人に譲渡し、札幌法務局月寒出張所昭和四一年一月六日受付第二三〇号をもって亡和田登個人に保存登記をした。
(二) 原告は別紙第二目録の約束手形七通を前記坪田から交付譲渡を受け現にこれを所持しており、また昭和四一年一月三〇日右坪田から、同人のホテルカルクに対する前記請負代金の内金二四〇万円の譲渡を受けた。
(三) ホテルカルクは無資力であるから、原告は同会社に代位して亡和田登の相続人である被告らに対し、別館の保存登記の抹消に代えて、ホテルカルクに対し移転登記手続をすることを求める。
第三被告らの答弁
一、被告北林タケ訴訟代理人は答弁としてつぎのとおり述べた。
(一) 原告の請求原因一の(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実中、ホテルカルクが訴外坪田健一に対し別館の新築工事を請負わせた当時、ホテルカルクが他に不動産を所有しておらず、かつホテルカルクが使用していた亡和田登所有の旧館建物に対して、既に訴外北洋相互銀行より不動産競売の申立がなされており、ホテルカルクの債務が合計約一億円にのぼっていたこと、亡和田登が、ホテルカルクの代表取締役として原告主張の請負契約を締結し、その代金の支払のため別紙第二目録の約束手形七通合計金二六五万円を坪田に対し振出したこと、その後ホテルカルクの唯一の不動産である別館につき昭和四一年一月六日亡和田登個人の所有名義に保存登記をしたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。亡和田登はホテルカルクの旅館経営による収益によって充分これらの借財を支払うことができるものと思い、事業拡張の意図のもとに別館を新築したものである。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四) 同(四)の事実は否認する。
(五) 同(五)の事実は認める。
(六) 同二の(一)の事実中、亡和田登が原告主張の頃、別館を自己名義に保存登記をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(七) 同(二)の事実は認める。
(八) 同(三)は争う。
二、被告三上哲也は答弁としてつぎのとおり述べた。
(一) 原告の請求原因一の(一)ないし(四)の各事実は不知。
(二) 同(五)の事実は認める。
(三) 同二の(一)ないし(三)の各事実は認める。
三、被告三上力也は公示送達による呼出を受けたが本件口頭弁論期日に出頭しない。被告三上亘、同三上岳也は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せずかつ第一回口頭弁論期日までに答弁書その他の準備書面を提出しない。
第四証拠関係≪省略≫
理由
第一第一次請求について
一、原告の請求原因一の(一)の事実は、原告と被告北林タケとの間においては争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すれば、被告三上哲也、同三上力也との関係において右事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠は存しない。
二、ホテルカルク代表取締役亡和田登が訴外坪田健一に対し別館新築工事を請負わせる契約をした昭和四〇年一〇月当時、ホテルカルクが他に不動産を所有しておらず、かつホテルカルクが旅館経営のため使用していた亡和田登所有の旧館建物に対しては、債務者であるホテルカルクの債務不履行を理由に、既に訴外株式会社北洋相互銀行から不動産競売の申立がなされており、ホテルカルクの負債は合計約一億円にのぼっていたこと、亡和田登は昭和四〇年一二月末右坪田から別館の完成引渡を受けるや、ホテルカルクの唯一の不動産である別館を札幌法務局月寒出張所昭和四一年一月六日受付第二三〇号をもって自己個人の所有名義に保存登記をしたことは、原告と被告北林タケとの間において争いがない。
≪証拠省略≫を合わせ考えれば、原告と被告三上哲也、同三上力也との間においても前示の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠は存しない。
また、≪証拠省略≫によれば、ホテルカルクは昭和四一年一月二五日資金不足のため別紙第二目録(一)の約束手形を不渡りとしたのをはじめとして、同目録の各約束手形ならびに原告が訴外坪田健一から譲渡を受けた後記請負代金二四〇万円の支払ができなかったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
以上の事実関係からすれば、亡和田登は、(1)、ホテルカルクの代表取締役として既に一億円にのぼる負債をかかえ経営難におちいっていたホテルカルクの旅館営業の遂行につき、はっきりとした見透しも方針もなく、別館の新築により収益を増加させ前記坪田に対する別館新築工事の請負代金およびその支払のために振出した本件約束手形金の支払が可能であると軽卒に考えて本件請負契約をし、(2)、さらに別館が完成して右坪田から引渡を受けるや、ホテルカルクの所有として保存登記をすべきであるのに、その職務に反しほしいままに亡和田登個人の所有として保存登記をしたものであって、亡和田登の右(1)の行為はその職務を行なうについて重大な過失があったものであり、右(2)の行為はその職務違背つき悪意があったものというべきである。
三、原告が前記坪田に対し別館建築用材等を代金合計金五〇五万円で売渡し、その支払のため、右坪田から別紙第二目録の約束手形七通合計金二六五万円につき、その各振出日の頃交付譲渡を受けたほか、昭和四一年一月三〇日右坪田から、同人のホテルカルクに対する前記請負代金の内金二四〇万円の譲渡を受けたことは、原告と被告北林タケとの間において争いがない。
≪証拠省略≫を綜合すれば、原告と被告三上哲也、同三上力也との間においても右の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
四、そうすれば、亡和田登の前記各行為の結果、原告は右約束手形金合計金二六五万円相当の損害を受け、右坪田はその請負代金債権の内、少くとも原告が譲渡を受けた金二四〇万円相当の損害を受けたものであり、従って亡和田登は原告および坪田に対し右各損害を賠償すべき義務を負担したものというべきである。
ところで、前記のごとく、坪田から原告に対し右訴外人のホテルカルクに対する請負代金債権が譲渡されたような場合には、坪田が亡和田登に対して有した右損害賠償債権も、特段の事情のない限り原告に移転するものと解すべきであるから、結局亡和田登は原告に対し合計金五〇五万円の損害を賠償すべき義務があったものといわなければならない。
五、その後亡和田登が昭和四一年六月九日死亡し、被告北林タケ(相続分二分の一)およびその余の被告ら(相続分各八分の一宛)が亡和田登の権利義務を相続によって承継したことは、原告と被告北林タケ、同三上哲也との間において争いがない。
弁論の全趣旨(戸籍謄本)によれば、原告と被告三上力也との間においても右の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
六、被告三上亘、同三上岳也は民事訴訟法第一四〇条第三項の規定により、原告の主張事実を自白したものとみなされる。
七、以上の事実によれば、被告北林タケは原告に対し前記損害賠償債務の二分の一である金二五二万五、〇〇〇円、その余の被告らは各自右の八分の一にあたる金六三万一、二五〇円宛ならびにそれぞれの金員に対し、本件支払命令が亡和田登に到達したこと訴訟上明らかな昭和四一年五月一五日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。
八、よって原告の第一次請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言の申立は相当でないものと認めこれを却下する。
(裁判官 松原直幹)
<以下省略>